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“友達のような関係”は良い関係か?

 テレビを点けたら『たけしの日本教育白書2008』という番組で、こんなアンケート結果を紹介していました。(´・∀・`)ヘー この番組毎年やってたのか。
  • 父親の半数が子供と“友達のような関係”を望んでいる。
  • 子供の大半が“親と仲が良い”と答えている。
  • しかし子供の半数以上が親に言いたいことを言わない。


まぁそうだよね。 だって友達に何でも話さないだろ?

稀に万引き自慢とか、本当に何でも話してくる困った奴はいるけどさ。(ノ∀`) アチャー



 ともかく「子供に何でも話して欲しい」と望んでる親には“友達”なんて表現を使わないことをお薦めするね。 それは惚れた女からのお友達宣言と同じ残酷な線引きだから。(´;ω;`)ウゥ…

加えて友達はやめられるってことを子供は知ってるんだよね。 自分の命綱(生活)を握っている親から「友達に話すつもりで~」なんて言われた日には・・・ (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル



 だから子供から何でも話してもらえる親を目指すなら、“親子”が絶対に瓦解しない人間関係であることを子供に示し続けることが必要だと思う。

例えば罰としての飯抜きは止めるべきだな。 これは「お前が悪いことをしたら、私は親としての務め(食事を与える)を放棄する」と子供に受け取られかねない。


次に必要なのは、話してくれた問題に対してそれなりの答えを返せることね。
結果を出せない人のところに重要な仕事は回ってこないのだから。(∩゚д゚)アーアーきこえなーい




 トロッコ問題。 轢かれそうな子供を助けるためにはポイントを切り替える必要があります。ただしポイントを切り替えるとトロッコに乗ってる人達がガケの下へ真っ逆さまです。 子供を助けますか?助けませんか?みたいなお話。

十中八九「犠牲は少なくするべきだ」とか「目の前の命を救おうとする行為は悪ではない」とか議論しているところへ、誰かが横から「何もしないが正解だよ」と言って火に油を注ぐ展開になります。 ふと思い出しても忘年会の席でしてはいけない話ですね。


俺は「祈る」が正解だと思うのだけど、みんな信仰心が足りないのかなぁ?
祈ればきっと良い結果に納まるよ。 御告げがあったときは助ければいいじゃない。ヽ(´ー`)ノ

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